ホワイトカラー IT エンジニアの未来とは?

あなたの資本は、減るものか、積み上がるものか

ある日本のニュース記事を読んだ。AI の進化でホワイトカラーの仕事が奪われる一方、建設・運送・設備といった「体が資本」のブルーカラーが「稼げる職種」として脚光を浴びている、という内容だ。商社営業からタクシー運転手に転じて給料が倍増した 27 歳、エアコン取付で年収 1500 万円の職人。数字は確かに鮮やかだった。ただ、読み終えて残ったのは爽快感ではなく、小さな違和感だった。この論調は、少し一方的すぎないか。

1.すり替わっているのは「職種」ではなく「報酬設計」

登場する人たちの言葉をよく読むと、彼らが前職を離れた理由は「ホワイトカラーだから」ではない。商社の女性は「先輩より売り上げても給料は低かった」と言い、冠婚葬祭会社の男性は「自分を守るために部下をけなす」中間管理職の空虚さに疲れていた。彼らが逃げたのは、成果と報酬が結びつかない年功序列と、組織の政治である。これは職種の問題ではなく、報酬設計の問題だ。「やったらやった分だけ返ってくる」——記事に何度も出てくるこの言葉が本質で、それはブルーカラーの専売特許ではない。歩合か、年功か。この一点が抜け落ちたまま「ホワイトカラー凋落・ブルーカラー礼賛」と括ってしまうと、議論の芯を外す。

2.AIに奪われなくても、老いには逆らえない

もうひとつ引っかかったのは、「AI に奪われない」という安心が、別のリスクを覆い隠している点だ。記事の職人自身が「50 歳くらいで引退してゆっくりしたい」と語っている。稼げる。だが、その稼ぎを支える体には、老いという逃れられない限りがある。経営の現場を長く見てきて思うのは、キャッシュフローが潤沢な時ほど、その勢いがいつまで続くのかを冷静に見極めなければならない、ということだ。AI に奪われないことと、生涯にわたって稼ぎ続けられることは、別の話だ。「体が資本」とは、裏を返せば「その資本は年々目減りしていく」という意味でもある。

3.ホワイトカラーの本質は「作業」ではない

そもそも AI が奪うのは、ホワイトカラーの「作業」であって、「判断・交渉・信頼の構築」ではない。資料をまとめる、数字を集計する——ここは確かに機械が担う。だが、誰と組むかを決め、相手の表情から本音を読み、初対面の相手との間に信頼を築く仕事は、むしろ希少になっていく。とりわけ IT エンジニアは、その象徴だと私は思う。生成 AI は確かにコードを書く。だが、何を作るべきかを顧客とともに定義し、要件の矛盾を見抜き、設計の落としどころを決める——この上流の仕事は、AI の登場でむしろ価値が上がった。単純なコーディングを「作業」として手放し、設計・判断・信頼構築という川上へ登れるエンジニアにとって、AI は脅威ではなく追い風だ。「真っ先に奪われる」と見られていた職種こそ、AI を道具として使いこなし、最も伸びる余地を持っている。私は今ヤンゴンに住んでまだ一年足らずだが、新興国の現場ほどこれを痛感する。契約書やデータだけでは物事が動かない。人と人の間に立ち、言語と文化をまたいで橋を架ける——この「人間にしかできないホワイトカラー」の価値は、下がるどころか上がっている。AI が進むほど、である。

4.中国の「あの頃」と重ねて見える構造

思い出すのは 2000 年代の中国だ。上海や大連でスクラップや食品を扱っていた頃、最も勢いよく稼いでいたのは、モノを作り、運ぶ現場の人たちだった。だが十数年で潮目は変わった。今の中国で価値を生むのは、ブランド、サービス、設計、そして判断だ。「体が資本」で稼げる局面は、経済発展のひとつの段階に過ぎなかった。ミャンマーもいずれ同じ道を辿るだろう。だとすれば、「今ブルーカラーが稼げる」という日本の現象も、労働需給が一時的にそう傾いているだけかもしれない。時間軸を伸ばして見る癖を、経営者は持っておきたい。

5.日本のメディアが避けている問い

あえて日本に向けて書く。この手の記事が繰り返し作られる背景には、「AI 失業への不安」と「汗をかく仕事への郷愁」という二つの感情に訴える記事を掲載すれば、視聴者が読んでくれる、という事情があるように思う。だが本当に問うべきは、職種の優劣ではない。青山さんに転職を決意させた最大の要因は、タクシー業界の魅力そのものというより、「先輩より売り上げても給料は上がらない」という前職の待遇——やった分だけの報酬が返ってこない仕組み——ではなかったか。彼女自身が、その不満は「新卒の時からずっと」あったと語っている。魅力ある職種が外から引き寄せたのではなく、報いない職場が内から押し出した、と見るほうが実態に近い。人は稼げる仕事に惹かれる前に、まず、努力が報われない場所から離れたくなるものだ。そして、その待遇のありようは、一つの企業の問題にとどまらない。年功序列、終身雇用を前提とした横並びの賃金、成果よりも在籍年数を重んじる評価、新卒一括採用という入口の画一性——戦後の日本社会が長く続けてきたこれらの仕組みが、そのまま「成果と報酬の乖離」を生む土壌になっている。青山さんのような若い世代が抱く違和感は、個々の会社への不満であると同時に、この古い社会構造への静かな異議申し立てでもある、と私は見ている。いま起きているのは、ブルーカラーが選ばれているという現象ではない。報われる場所が、選ばれているのだ。

6.それでも、未来は明るいと私は思う

GICM で私が日々向き合っているのは、20 代の学卒者たちが中心だ。彼ら彼女らと過ごして確信するのは、これから伸びる国で最も強いのは、体でも AI でもなく、「人にしかできない付加価値」を育てた人材だ、ということだ。判断力、語学、そして信頼を築く力。これらは年齢とともに目減りせず、AIが進むほど希少価値を増し、生涯にわたって積み上がっていく資本になる。だからこそ、ホワイトカラーにも IT エンジニアにも、未来は暗くない。むしろ、単純作業を AI に委ね、人にしかできない領域へ自らを引き上げられる人にとって、これほど追い風の時代はない。問われているのは職種ではなく、「学び続け、価値を積み上げていく意思」があるかどうかだ。私たち GICM が人材と教育の事業に賭けているのも、まさにそこにある。人が変われば、その人の未来が変わり、やがて国の未来も変わる——ヤンゴンでまだ一年足らずの私だが、若い世代の伸びしろを毎日のように目の当たりにして、その手応えは日ごとに強くなっている。「体が資本」も「AI が仕事を奪う」も、どちらも半分は正しい。だが、そのどちらの見出しにも回収されない、もっと希望のある未来がある。あなたが今持っている資本は、減っていくものか、積み上がっていくものか。ホワイトカラーと IT エンジニアの未来は、その問いにどう答えるかで決まる——と、私は見ている。


※本稿は筆者自身の体験を記したものです。筆者についてコレラ感染が確認されたものではありません。また、人工透析の必要性は個々の病状 によって医師が判断するものであり、筆者自身が透析適応であったことを意味するものではありません。
執筆者:橋本弘毅(BPX|Beyond Potential X/GIC Myanmar Managing Director)
公開日:2026年8月(ヤンゴンにて)
免責:本記事は個人の体験・見解であり、医学的助言ではありません。体調に不安があるときは、早めに医療機関にご相談ください。

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                 登壇者プロフィール 

2003 上海・香港・マカオを往来し、日本食品卸の香港子会社立ち上げに従事。仕入・輸出手配・貿易書類に加え、販促の現場では監督兼販売員として立ち、展示会運営も経験。

                           橋本 弘毅                           2014 貿易・旅行・製造・人材など複数の業界で実務
    GIC Myanmar Co.,Ltd.代表取締役     

                                                                       2016 ARIZE トレーディング株式会社を設立(現在も代表。人材・外国人材支援、

                                                                       経営・海外進出のコンサルティング等)。 特定技能人材の営業などを経て、かねて縁のあったGIC                                                                                                               へ 2025 年 4 月に入社。同年 7 月にヤンゴンへ赴任。

                                                                       2025 GIC Myanmar の Managing Director に就任。現地法人の経営、外国人採用、

                                                                      日本語・IT 教育、人材育成、海外進出支援、管理部門改善、AI・DX 活用に取り組む

                                                                         

                                                                                                                                                                                

                                                                       

                                                                    

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